歴史散歩、感動の旅、戦国・幕末etc

戦国時代や幕末に焦点を当て気ままに旅をする。
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平安時代、平将門(その3)、(平将門の少年時代)

長い間、悪人呼ばわりをされてきた将門はなぜ昔からこれほど人気があったのか。?

これは単に「判官びいき」だけでは説明しきれません。

学校で「逆賊将門」を習った子供たちも、家へ帰れば「平親皇さま」、「将門さま」とあがめ貴ぶ生活が、関東一円でごく最近まで行われていたという事実からもうかがえます。

私の推測ですが、当時は複雑な税の取り立ての仕組みと滅茶苦茶な税の収奪が行われていた。

そして天候異変による不作などが重なり合って、農民たちの暮らしぶりは、それはひどいものではなかったか、と思われるのです。

さて今日は将門が少年時代を過ごしたという「豊田の館跡」を訪ねてみました。

この館は将門の父平良将の館があった所です。一説によると、ここは「将門生誕の地」とも言われています。

ここ「豊田の館跡」の最寄り駅は関東鉄道常総腺の石下駅です。今回は車できましたので駅から歩くことはなかったのですが、歩くとけっこうしんどいかもしれません。

「豊田の館跡」は写真の「将門公苑」と書かれている場所です。


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[ 2012/04/30 05:23 ] 平将門 | TB(0) | CM(1)

平安時代、平将門(その2)、(平将門の生誕の地)

平将門は、平安時代中期の関東の豪族で、桓武天皇五代後
の子孫です。父・良将は鎮守府将軍で、兄弟の中ではもっ
とも優れた人物だったようですが、将門が若い時に亡くな
ってしまいます。

そして将門の父の所領をめぐって伯父たち親族との間で紛
争が起こります。

(将門が若年であることを良いことに、伯父の国香、良兼
、良正は、将門を京に行かせ、その間に良将の土地を自分
のものにしようとした。との説や『源護の娘を巡る争い・
平良兼の娘を巡る争い』などいろいろな要因が絡みあって
起こったようです。)

やがては関東諸国を巻き込む争いへと発展し、その際に国
衙を襲撃して印鑰を奪い、京都の朝廷に対抗して独自に天
皇に即位して「新皇」を自称したといわれています。

そして遂には朝敵となり、天慶3年(940年)に朝廷か
ら将門追補の官府が出て、平貞盛、藤原秀郷連合軍に破れ
敗死します。


さて将門生誕の地としては有力視されているのが、ここ母
の実家があったとされる取手市寺田(相馬総代八幡宮の地)
です。

当時、母方の実家で子を産むというのが普通であり、母の出
身地である相馬郡で育ったことから「相馬小次郎」と称した
とされています。

その他で誕生の地として有力視されている場所は、将門が少
年時代を過ごした豊田館(とよだやかた)や、良将(将門の父)
の領地があった千葉県佐倉市将門町など多数あります。

さて将門の母は下総国の豪族・縣犬養春枝の娘であって、こ
の縣犬養氏の居館がこの地であったと記録にあるようです。

この相馬総代八幡宮は将門の誕生地であり、又は将門の守護
神を祀ったところとして有名な所です。




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[ 2011/11/23 03:31 ] 平将門 | TB(0) | CM(0)

平安時代、平将門(その1)、(平将門の首塚)

平将門の首塚とは、皇居前にある平将門の首を祀っている塚のことです。

伝承では、京都の東の市、都大路で晒されていた将門の首が、3日
目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、この地(東京
都千代田区大手町一丁目2番1号外[1])に落ちたとされる場所です。

私がこの地に訪れようと思ったのは約10年前です。ネットで調べ
て写真を見たら、その霊気に圧倒され、訪問を断念したことを覚え
ています。

それから平将門について8年間徹底的に調べ、そして行くことを決
意しました。

最近では皇居周辺のパワースポットとして紹介されていますが、
ここは気楽に行くべき所ではありません。

私は神社・仏閣やパワースポットなどいろいろ見てきましたが、
ここほど強烈な霊気を放っている所はありません。霊能者も怖がる
場所です。

私が行くことを決意したのは、将門に対する尊崇の念を持って対峙
できる覚悟ができた時です。

私の記憶では「学校の教科書で平将門は、謀反人として扱われてい
た」と思います。しかし当時の都の政治は荒れ果て民が苦しんでい
たことが記録として残っています。

将門が立ち上がった背景も、ようよう分かるようになりました。乏
しい記録の中で、私なりの歴史観を創り上げました。これから少し
づつ書いていきたいと思います。



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[ 2011/11/06 19:30 ] 平将門 | TB(0) | CM(0)

幕末、東京都(その11)、(佐久間象山先生ゆかりの地)

佐久間象山先生は1850年7月(嘉永3年)に、ここ信州松代藩真田家の下屋敷(写真=東京都江東区永代1-14)で西洋砲術を教えるため塾を開きます。

このころに勝海舟が入門しています。そして翌年の1851年(嘉永4年)に江戸木挽町(中央区銀座6丁目15番)に住いを移します。

ここに吉田松陰、小林虎三郎、橋本左内、河井継之助、坂本龍馬など多彩な人物も入門してきます。

象山先生は、1811年、信濃松代藩の下級武士の家に生まれています。3歳で文字を覚えたといわれ、早熟で天才肌の人物だったようです。

腕白で喧嘩も強かったといいます。15歳で元服し、松代藩主・真田幸貫に拝謁を賜っています。

23歳(1833年)の時、学問を究めるため藩の給費生として、江戸に出ます。佐藤一斎先生の門を叩きます。ここで、儒学を2年半学びました。

そして26歳(1836年)の時、一旦は帰藩しますが、29歳の時、江戸へ出て、私塾・玉池書院を開きます。

32歳(1842年)の時、藩主・真田幸貫が、幕府の老中となり、海防掛に任ぜられます。
この頃、江川太郎左衛門の門下に入り、西洋砲術を学びます。

36歳(1846)の時、帰藩を命じられ、郡中横目付となります。このころ温泉掘り、鉱脈の採掘などの実績をあげ、松代に多大な貢献を残しています。

さて最晩年ですが、
一橋慶喜公から招請を受け、京都に赴くことになりました。当時の京都は物騒な場所。自らの運命を「易」で占ったそうです。

出たのが「大凶」。象山先生は易の大家なんですね。それでも死地に赴いて死んでいきます。尊王攘夷派による暗殺です。享年54歳でした。



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[ 2011/09/11 02:15 ] 東京都 | TB(0) | CM(4)

戦国時代、東京都(その10)、(千姫の墓)

“戦国時代の女性で会ってみたい人は誰ですか”、と問われたら、やはり千姫だと思います。不思議な魅力とそれに反比例する黒い噂がとてもミステリアスでたまりません。

千姫は慶長2年(1597)、伏見の徳川屋敷にて、徳川秀忠・お江の長女として誕生します。
7歳になった千姫は慶長8年(1603)に豊臣秀吉の嫡子・秀頼に輿入れします。

そして大坂冬の陣(1614)と夏の陣(1615)で秀頼・淀殿は自害し、豊臣家は滅亡し、千姫は、家康の命で、落城する大坂城から救出されます。

千姫は元和2年(1616)、本多忠刻に再嫁します。その輿入れの時、千姫事件が起こります。寛永3年(1626)5月に夫忠刻が結核で突然死去し、千姫は江戸に帰ります。

千姫は落飾して天樹院と号し、竹橋御殿にて一人娘・勝姫と共に暮らします。

さて初めに書いた黒い噂とは、この頃、御殿から男を誘い込んで弄び、それらの男を全員殺したという「吉田御殿」の伝説のことです。

私はまったく信じていません。戦後、この手の映画がいくつもつくられました。私は何本も見て育ちました。その後、歴史を研究するうちに、千姫のイメージも大きく変わりました。

さて千姫の最晩年ですが、寛文6年(1666)、数奇な生涯を終えます。享年70歳です。
墓所は小石川伝通院です。千姫のお墓(写真)は大変立派な墓石です。

この伝通院には徳川家康の生母・於大の方、徳川家光正室・鷹司孝子、清河八郎の墓もあります。

また伝通院は新選組が文久3(1863)年2月、上洛する前に結集した場所としても有名です。



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[ 2011/05/29 01:28 ] 東京都 | TB(0) | CM(1)
プロフィール

天輪0416

Author:天輪0416
私の趣味は中国古典や歴史です。戦国時代や幕末に焦点を当て気ままに散歩をします。時には遠出して楽しい感動の旅を楽しみます。

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